今年のアカデミー賞で、ケイト・ブランシェットは二部門にノミネートされた。助演女優賞と主演女優賞である。助演女優賞にノミネートされたのは、「アイム・ノット・ゼア」での演技。若き日のボブ・ディランを演じたのである。予告篇を見ただけだが、これはすごいと思った。
そして、「エリサベス ゴールデンエイジ」で主演女優賞ノミネート。10年前、彼女の名声を一気に高めた映画の続編である。今見ると、10年前のケイト・ブランシェットはかわいい。あれから10年、今や演技派女優の名を欲しいままにしている。初めて観た時は「薄い顔だな」という印象だったが、それが役ごとに変わるのが見ものなのだ。
「エリサベス ゴールデンエイジ」とは、熟女となったエリザベス一世のことかと思っていたが、そうではなくて、イングランドの黄金時代という意味らしい。しかし、私の誤解はある意味、はずれてはいなかった。この映画はまさに、若さを卒業した女性に見てもらいたい映画だからである。
まだ弱小国だったイングランドを率いて、エリザベスはスペインの無敵艦隊を破る。ラスト、突き抜けた女王が見せる堂々たる自己肯定が素晴らしい。目を覆いたくなるような残虐な場面もあるが、これは出色の女性映画だ。監督がインド出身であるという点にも興味が尽きない。
2008年03月19日
2008年02月07日
「ぜんぶ、フィデルのせい」公立学校が輝いて見えた
☆考えさせる 視野が広がる 楽しい
父親は弁護士、母親は「マリ・クレール」の記者。白人ばかりが通う、カトリックの名門小学校に通う9歳のアンナは、上品で何不自由のない生活を送っていた。だがある日、両親が共産主義者になったのである!
生活は一変した。両親の希望で、宗教の授業には出ないことになる。メイドさんは政治的理由で、キューバ人からギリシア人、そしてベトナム人に代わる。その度に作ってくれる料理も、聞かせてくれるお話の内容も変わるのだ。両親は選挙の支援にチリに出かけ、家には髭を生やした男たちや、中絶の権利を求める女たちが出入りする。アンナは振り回されっぱなし。少女の目から見た、70年代のフランスである。
「もう我慢できない!」。アンナは、不満を爆発させる。フランコ派の両親から逃げるようにフランスに来た、スペイン貴族の父親。女性解放を叫びながら、娘をお嬢さん学校に入れた母親。アンナの反撃は、両親の矛盾を鋭く突くのである。いつも仏頂面のアンナがかわいい。
しかし怒りつつも、真摯に対応する大人たちの中で、アンナは色々考えはじめるのだ。そして、友人と取っ組み合いの喧嘩をしたことをきっかけに、公立学校への転校を決意する。様々な民族が集まる生徒の輪の中に、アンナが恐る恐る入っていくラスト。公立学校が輝いて見えた。
公式サイトはこちら
http://fidel.jp/
父親は弁護士、母親は「マリ・クレール」の記者。白人ばかりが通う、カトリックの名門小学校に通う9歳のアンナは、上品で何不自由のない生活を送っていた。だがある日、両親が共産主義者になったのである!
生活は一変した。両親の希望で、宗教の授業には出ないことになる。メイドさんは政治的理由で、キューバ人からギリシア人、そしてベトナム人に代わる。その度に作ってくれる料理も、聞かせてくれるお話の内容も変わるのだ。両親は選挙の支援にチリに出かけ、家には髭を生やした男たちや、中絶の権利を求める女たちが出入りする。アンナは振り回されっぱなし。少女の目から見た、70年代のフランスである。
「もう我慢できない!」。アンナは、不満を爆発させる。フランコ派の両親から逃げるようにフランスに来た、スペイン貴族の父親。女性解放を叫びながら、娘をお嬢さん学校に入れた母親。アンナの反撃は、両親の矛盾を鋭く突くのである。いつも仏頂面のアンナがかわいい。
しかし怒りつつも、真摯に対応する大人たちの中で、アンナは色々考えはじめるのだ。そして、友人と取っ組み合いの喧嘩をしたことをきっかけに、公立学校への転校を決意する。様々な民族が集まる生徒の輪の中に、アンナが恐る恐る入っていくラスト。公立学校が輝いて見えた。
公式サイトはこちら
http://fidel.jp/
2007年12月17日
「サラエボの花」戦時性犯罪が残した傷は消えない
☆ 考えさせる 視野が広がる
東西冷戦終結後の90年代、バルカン半島には民族紛争の嵐が吹き荒れていた。そして我が家は連日、テレビの前で沈痛な思いに沈んでいた。水を汲みにいくために、どうしても通らなければならない道を命がけで走る人々を、周囲の山から対立勢力の民兵が銃撃する。その道はスナイパー通りと呼ばれていた。
一人目を見つけて二人目で照準を合わせるから、三人目が危ない。繰り返しニュースを観ていて、そんなことに詳しくなってしまったのだ。目の前で繰り広げられる殺戮を止めることができない無力感に、重苦しい雰囲気が漂っていた。「Newsweek」で伝えられる惨状の詳しい描写が、さらに追い打ちをかけたのである。
その後、同時多発テロと対テロ戦争、そしてイラク戦争と続いて、私の視野から少しずつ、それら民族紛争の記憶が消えていった。そんな時に、この映画が公開されたのである。いきなり記憶が甦った私は、友人を誘って観にいくことにした。
戦争状態における組織的性犯罪を、ある母娘の関係を通して静かに語りかける。従軍慰安婦もそうだが、戦争は必ず性犯罪を伴う。性犯罪は暴力を肯定する戦争の本質に関わる問題なのだ。監督は、紛争当時10代だった33歳の女性。私たちとは体験が違う。
映画を観て、やはりこういうことになっていたのかと、胸が詰まった。友人共々、涙、涙。ああ何て残酷な・・・。母が受けた傷は娘にも受け継がれ、社会もまた紛争の傷から立ち直れないでいる。人間は銃を持ったらおしまいだ。対立を生み出して民族紛争に仕立て上げ、権力奪取に利用した人間たちを、私は絶対に許すことができない。過去を曖昧にしようとしたって、そうはいかないのである。
最後にひとこと、この邦題はひどくないか。
ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、ドイツ、オーストリア合作
東西冷戦終結後の90年代、バルカン半島には民族紛争の嵐が吹き荒れていた。そして我が家は連日、テレビの前で沈痛な思いに沈んでいた。水を汲みにいくために、どうしても通らなければならない道を命がけで走る人々を、周囲の山から対立勢力の民兵が銃撃する。その道はスナイパー通りと呼ばれていた。
一人目を見つけて二人目で照準を合わせるから、三人目が危ない。繰り返しニュースを観ていて、そんなことに詳しくなってしまったのだ。目の前で繰り広げられる殺戮を止めることができない無力感に、重苦しい雰囲気が漂っていた。「Newsweek」で伝えられる惨状の詳しい描写が、さらに追い打ちをかけたのである。
その後、同時多発テロと対テロ戦争、そしてイラク戦争と続いて、私の視野から少しずつ、それら民族紛争の記憶が消えていった。そんな時に、この映画が公開されたのである。いきなり記憶が甦った私は、友人を誘って観にいくことにした。
戦争状態における組織的性犯罪を、ある母娘の関係を通して静かに語りかける。従軍慰安婦もそうだが、戦争は必ず性犯罪を伴う。性犯罪は暴力を肯定する戦争の本質に関わる問題なのだ。監督は、紛争当時10代だった33歳の女性。私たちとは体験が違う。
映画を観て、やはりこういうことになっていたのかと、胸が詰まった。友人共々、涙、涙。ああ何て残酷な・・・。母が受けた傷は娘にも受け継がれ、社会もまた紛争の傷から立ち直れないでいる。人間は銃を持ったらおしまいだ。対立を生み出して民族紛争に仕立て上げ、権力奪取に利用した人間たちを、私は絶対に許すことができない。過去を曖昧にしようとしたって、そうはいかないのである。
最後にひとこと、この邦題はひどくないか。
ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、ドイツ、オーストリア合作
2007年07月13日
「コマンダンテ」カストロとゲバラの笑顔が美しい
☆ 考えさせる 視野が広がる ためになる
2002年にオリバー・ストーン監督がキューバを訪れ、カストロ議長に三日間30時間にわたって行なったインタビューを編集した映画。移動する議長に密着し、食事を共にしながら続けられるやりとりを、過去の映像を交えながら見せる。それだけなのに、何という面白さ!
カストロ議長は時に真摯に、時に論点をずらしながら答える。キューバ危機、ゲバラの死、旧ソ連の崩壊、人権侵害疑惑。誰もが知りたい現代史の秘話が、当事者の口から語られる。70代半ばを迎えたカストロの、深い皺の刻まれた顔が、言葉よりも雄弁に全てを物語っている。時代の歯車は、多くの人間の運命を巻き込みながら回ってきた。そこには多くの犠牲や悲劇があったということだ。
若き日のカストロとゲバラが、笑いながら話している映像が出てくる。うっとりするほど美しい。若さと夢と理想があふれた笑顔だ。青春という言葉が匂い立つ。ここ暫く、見たこともなかったまばゆいばかりの笑顔だ。人間が理想を信じていられた頃の笑顔である。それだけに、犠牲になった人々のことを思うと気が重くなる。
カストロ議長へのインタビュー映画だから、観客は中高年ばかりだろうと思っていたら意外や意外、若者の方が多かった。長女が言うには、今キューバのイメージはとてもいいそうなのだ。それにゲバラの人気。30年間アメリカと敵対し続けるキューバとそのカリスマ的指導者は、主義主張を超えた存在感を放つに至った。若者にとっては現代の神話かもしれない。
2006年7月、さしものカストロ議長も病で倒れた。この「最後の陽気な独裁者」から、私たちが聞きたいことはまだ山ほどある。思えばこの個性的な指導者と、多くの人間が時代を共有してきた。私もその一人である。語られるエピソードや事件の一つひとつを聞く度に、その時代を思い出して万感胸に迫るものがあった。
2002年 スペイン・アメリカ合作 監督:オリバー・ストーン
2002年にオリバー・ストーン監督がキューバを訪れ、カストロ議長に三日間30時間にわたって行なったインタビューを編集した映画。移動する議長に密着し、食事を共にしながら続けられるやりとりを、過去の映像を交えながら見せる。それだけなのに、何という面白さ!
カストロ議長は時に真摯に、時に論点をずらしながら答える。キューバ危機、ゲバラの死、旧ソ連の崩壊、人権侵害疑惑。誰もが知りたい現代史の秘話が、当事者の口から語られる。70代半ばを迎えたカストロの、深い皺の刻まれた顔が、言葉よりも雄弁に全てを物語っている。時代の歯車は、多くの人間の運命を巻き込みながら回ってきた。そこには多くの犠牲や悲劇があったということだ。
若き日のカストロとゲバラが、笑いながら話している映像が出てくる。うっとりするほど美しい。若さと夢と理想があふれた笑顔だ。青春という言葉が匂い立つ。ここ暫く、見たこともなかったまばゆいばかりの笑顔だ。人間が理想を信じていられた頃の笑顔である。それだけに、犠牲になった人々のことを思うと気が重くなる。
カストロ議長へのインタビュー映画だから、観客は中高年ばかりだろうと思っていたら意外や意外、若者の方が多かった。長女が言うには、今キューバのイメージはとてもいいそうなのだ。それにゲバラの人気。30年間アメリカと敵対し続けるキューバとそのカリスマ的指導者は、主義主張を超えた存在感を放つに至った。若者にとっては現代の神話かもしれない。
2006年7月、さしものカストロ議長も病で倒れた。この「最後の陽気な独裁者」から、私たちが聞きたいことはまだ山ほどある。思えばこの個性的な指導者と、多くの人間が時代を共有してきた。私もその一人である。語られるエピソードや事件の一つひとつを聞く度に、その時代を思い出して万感胸に迫るものがあった。
2002年 スペイン・アメリカ合作 監督:オリバー・ストーン
2007年02月05日
「グァンタナモ、僕達が見た真実」これが対テロ戦争だ
☆ このブログでは、映画のお薦め度をキーワードで示しています。
キーワードは「考えさせる」「元気がわく」「役に立つ」「視野が 広がる」「楽しめる」です。
「考えさせる」「視野が広がる」
この映画、「すごくいいから観てね」と簡単には言えない。観ないですめば、その方が幸せかもしれないぐらいだ。でも敢えて薦めたい。気合いを入れて観てもらいたい。
自分の住んでいるこの世界で理不尽なことが行なわれているのに、どうすることもできない・・・こういう思いに、私はずっと悩まされている。
ベトナム戦争の時もそうだった。ピノチェトがチリで独裁を敷いていた時も、ビルマ(ミャンマー)で人々が沈黙を強いられているのも、サラエボで人々が水を汲むために命がけで道を渡っている時も、それを座視しているのは耐え難い。
中でも、超大国アメリカが「自由と民主主義」を掲げて横暴を働くのを見るほど、腹の立つことはない。対テロ戦争が孕んでいる数限りない矛盾と傲慢さは、腹に据えかねるものがある。
その一つが、「捕虜の保護を定めたジュネーブ条約は時代遅れ」「我々はテロリストを自由に扱う」と言っていることだ。その結果がこれである。この映画は、たまたまアフガンに入ったパキスタン系イギリス人の青年たちが、二年間に渡って拘束された様子を、証言に基づいて映画化したもの。
イギリスの良心がつくらせた映画である。振り返って日本はどうか。イラクがこんな悲惨な状況になっても、イラク戦争に積極的に協力したことなど忘れたかのようだ。こうやって日本人は過去を葬ってきた。「男たちの大和/YAMATO」の大ヒットは、日本人の想像力の欠如を示している。
監督:マイケル・ウィンターボトム マット・ホワイトクロス 2006年イギリス映画 配給:クロックワークス
キーワードは「考えさせる」「元気がわく」「役に立つ」「視野が 広がる」「楽しめる」です。
「考えさせる」「視野が広がる」
この映画、「すごくいいから観てね」と簡単には言えない。観ないですめば、その方が幸せかもしれないぐらいだ。でも敢えて薦めたい。気合いを入れて観てもらいたい。
自分の住んでいるこの世界で理不尽なことが行なわれているのに、どうすることもできない・・・こういう思いに、私はずっと悩まされている。
ベトナム戦争の時もそうだった。ピノチェトがチリで独裁を敷いていた時も、ビルマ(ミャンマー)で人々が沈黙を強いられているのも、サラエボで人々が水を汲むために命がけで道を渡っている時も、それを座視しているのは耐え難い。
中でも、超大国アメリカが「自由と民主主義」を掲げて横暴を働くのを見るほど、腹の立つことはない。対テロ戦争が孕んでいる数限りない矛盾と傲慢さは、腹に据えかねるものがある。
その一つが、「捕虜の保護を定めたジュネーブ条約は時代遅れ」「我々はテロリストを自由に扱う」と言っていることだ。その結果がこれである。この映画は、たまたまアフガンに入ったパキスタン系イギリス人の青年たちが、二年間に渡って拘束された様子を、証言に基づいて映画化したもの。
イギリスの良心がつくらせた映画である。振り返って日本はどうか。イラクがこんな悲惨な状況になっても、イラク戦争に積極的に協力したことなど忘れたかのようだ。こうやって日本人は過去を葬ってきた。「男たちの大和/YAMATO」の大ヒットは、日本人の想像力の欠如を示している。
監督:マイケル・ウィンターボトム マット・ホワイトクロス 2006年イギリス映画 配給:クロックワークス
2007年01月24日
「みえない雲」原発の語り方
「考えさせる」「視野が広がる」
東京一館だけでひっそりと上映している映画。原発事故を背景にした10代のラブストーリーというところに惹かれて、観に行った。久々にドイツ語をたっぷり聴くことができたのも嬉しかった。
で、この映画は原発事故を背景にした珍しい青春映画・・・というより、ラブストーリーである。テストの最中に抜け出してキスをしている時に、原発事故が起きる(この設定はすごい!)。母子家庭のヒロインは家に戻り、弟と行動を共にしながら、出来たばかりの彼が来てくれるのを待つ。しかし、運命は残酷だった。
こういう設定でラブストーリーをつくるところがドイツらしい。そのドイツは先日、パイプラインをめぐるロシアとベラルーシのトラブルに巻き込まれ、石油の供給が数日間止まった。衝撃を受けたドイツでは今、脱原発政策が揺れている。
映画自体は個人の視点から、人生が破壊されていく様子を淡々と描いている。原発という大きな政治的社会的問題を、敢えて私的でミクロな物語に仕上げてある。被災者に向けられる冷たい目に、戦後日本で被爆者が味わってきた苦しみが重なる。
監督:グレゴール・シュニッツラー 2006年ドイツ映画 配給:シネカノン
東京一館だけでひっそりと上映している映画。原発事故を背景にした10代のラブストーリーというところに惹かれて、観に行った。久々にドイツ語をたっぷり聴くことができたのも嬉しかった。
で、この映画は原発事故を背景にした珍しい青春映画・・・というより、ラブストーリーである。テストの最中に抜け出してキスをしている時に、原発事故が起きる(この設定はすごい!)。母子家庭のヒロインは家に戻り、弟と行動を共にしながら、出来たばかりの彼が来てくれるのを待つ。しかし、運命は残酷だった。
こういう設定でラブストーリーをつくるところがドイツらしい。そのドイツは先日、パイプラインをめぐるロシアとベラルーシのトラブルに巻き込まれ、石油の供給が数日間止まった。衝撃を受けたドイツでは今、脱原発政策が揺れている。
映画自体は個人の視点から、人生が破壊されていく様子を淡々と描いている。原発という大きな政治的社会的問題を、敢えて私的でミクロな物語に仕上げてある。被災者に向けられる冷たい目に、戦後日本で被爆者が味わってきた苦しみが重なる。
監督:グレゴール・シュニッツラー 2006年ドイツ映画 配給:シネカノン
2006年12月06日
世界の現実を見よ! 「麦の穂をゆらす風」
打ちのめされた。文句なしの今年度ナンバー1! 万人必見である。テレビで流れていた「美しい国というキャッチフレーズは、この映画の前では色褪せる」という宣伝文句に偽りはない。最近何でも誉めているおすぎだが、この映画に関してはその通りである。
楽しい映画ではない。冒頭から凄惨な場面の連続で、初めは正直ちょっと辛かった。しかし、最後まで観て抱いた感想はとても言葉では言い表せない。これは今、私たちが眼前にしている現実なのである。この現実から目をそらすことは、人間として何か重要なものを放棄することになる。
1920年代、アイルランド独立運動に参加した兄弟の悲劇的な物語。ケン・ローチはこの物語の中に、世界が直面している問題の全てを描きだした。貧富の格差、植民地主義、テロ、現実の前で立ちすくむ理想。そして何よりも、「敵味方の論理」が生み出す悲劇の連鎖を。
ケン・ローチは、世界の現実にひるむことなく立ち向かう。今まで私は、どれだけ勇気を与えられてきたことか。スクリーンの向こうに、揺るぎない信念でメッセージを送り続けるケン・ローチの背中が見える。よし、私も頑張ろう。日本人よ、世界の現実を見よ。自分の不幸に負けるな。
今年度、カンヌ映画祭パルムドール(最高賞)受賞作品。監督:ケン・ローチ 2006年 アイルランド、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン合作 配給:シネカノン
楽しい映画ではない。冒頭から凄惨な場面の連続で、初めは正直ちょっと辛かった。しかし、最後まで観て抱いた感想はとても言葉では言い表せない。これは今、私たちが眼前にしている現実なのである。この現実から目をそらすことは、人間として何か重要なものを放棄することになる。
1920年代、アイルランド独立運動に参加した兄弟の悲劇的な物語。ケン・ローチはこの物語の中に、世界が直面している問題の全てを描きだした。貧富の格差、植民地主義、テロ、現実の前で立ちすくむ理想。そして何よりも、「敵味方の論理」が生み出す悲劇の連鎖を。
ケン・ローチは、世界の現実にひるむことなく立ち向かう。今まで私は、どれだけ勇気を与えられてきたことか。スクリーンの向こうに、揺るぎない信念でメッセージを送り続けるケン・ローチの背中が見える。よし、私も頑張ろう。日本人よ、世界の現実を見よ。自分の不幸に負けるな。
今年度、カンヌ映画祭パルムドール(最高賞)受賞作品。監督:ケン・ローチ 2006年 アイルランド、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン合作 配給:シネカノン
2006年12月01日
「明日へのチケット」多民族化するヨーロッパ
今日は月に一度の映画ファンサービスデー。できれば二本観たかったが、色々とやることがあって時間が足りず、仕方なく一本に絞った。
渋谷のシネ・アミューズのイーストとウェストで、「麦の穂を揺らす風」と「明日へのチケット」を上映している。どちらかを観ようと思って家を出た。で、用事を済ませてからシネ・アミューズに行くと、「麦の穂を揺らす風」はもう始まっていたので、「明日へのチケット」を観ることになった。
「麦の穂を揺らす風」はケン・ローチの作品。「明日へのチケット」はケン・ローチとアッパス・キアロスタミとエルマンノ・オルミの共同演出。どちらにもケン・ローチが関わっている。イギリスの、揺るぎなき社会派。私の大好きな監督だ。ちなみにシネ・アミューズはシネカノンの直営館だ。私はシネカノンと肌が合うらしく、よく観に行くのでポイントカードも持っている。
それで観た感想だが、大家三人の共同演出はやはりちょっと難しかったらしく、一つの映画として観ると不自然なのである。いっそオムニバスにした方が良かったと思う。ヨーロッパ横断鉄道の中で繰り広げられるドラマという発想は、とても良かったのだが。
でも今、イギリスとイランとイタリアの大監督がこういう映画を創ろうとした、その志が素晴らしい。大家になってなお、社会の現実と関わっていく姿勢がいい。ヨーロッパの現実がそれを求めているということもあるのだろうが・・・と、つい頭で観てしまったが、やはり私はケン・ローチ的部分に心を動かされた。
恐らく、サッカーのヨーロッパ選手権決勝を観に行くのであろう、スコットランドの若者三人組。そのうちの一人の乗車券が無くなり、彼らはアルバニア難民の少年を疑う。メディアを通じて見聞きしていた難民を目の前にして、彼らの心は揺れる。「この問題は、僕らスーパーの店員には手に負えない」。このセリフにあふれる若さに、館内には笑いが広がった。
ラストがとてもいいのである。大欧州の現実にうとかった若者たちが、横断鉄道の中で難民一家の悲しみと喜びに触れる。そして、誇り高きセルティック・サポーターの面目を発揮するのだ。それを美談ではなく、若者たちの素朴な情熱の発露として描いたところが実に気持ちがよくて爽やかだ。力強く、希望に満ちたメッセージである。
2005年:イギリス・イタリア合作 配給:シネカノン
渋谷のシネ・アミューズのイーストとウェストで、「麦の穂を揺らす風」と「明日へのチケット」を上映している。どちらかを観ようと思って家を出た。で、用事を済ませてからシネ・アミューズに行くと、「麦の穂を揺らす風」はもう始まっていたので、「明日へのチケット」を観ることになった。
「麦の穂を揺らす風」はケン・ローチの作品。「明日へのチケット」はケン・ローチとアッパス・キアロスタミとエルマンノ・オルミの共同演出。どちらにもケン・ローチが関わっている。イギリスの、揺るぎなき社会派。私の大好きな監督だ。ちなみにシネ・アミューズはシネカノンの直営館だ。私はシネカノンと肌が合うらしく、よく観に行くのでポイントカードも持っている。
それで観た感想だが、大家三人の共同演出はやはりちょっと難しかったらしく、一つの映画として観ると不自然なのである。いっそオムニバスにした方が良かったと思う。ヨーロッパ横断鉄道の中で繰り広げられるドラマという発想は、とても良かったのだが。
でも今、イギリスとイランとイタリアの大監督がこういう映画を創ろうとした、その志が素晴らしい。大家になってなお、社会の現実と関わっていく姿勢がいい。ヨーロッパの現実がそれを求めているということもあるのだろうが・・・と、つい頭で観てしまったが、やはり私はケン・ローチ的部分に心を動かされた。
恐らく、サッカーのヨーロッパ選手権決勝を観に行くのであろう、スコットランドの若者三人組。そのうちの一人の乗車券が無くなり、彼らはアルバニア難民の少年を疑う。メディアを通じて見聞きしていた難民を目の前にして、彼らの心は揺れる。「この問題は、僕らスーパーの店員には手に負えない」。このセリフにあふれる若さに、館内には笑いが広がった。
ラストがとてもいいのである。大欧州の現実にうとかった若者たちが、横断鉄道の中で難民一家の悲しみと喜びに触れる。そして、誇り高きセルティック・サポーターの面目を発揮するのだ。それを美談ではなく、若者たちの素朴な情熱の発露として描いたところが実に気持ちがよくて爽やかだ。力強く、希望に満ちたメッセージである。
2005年:イギリス・イタリア合作 配給:シネカノン
2006年11月25日
「上海の伯爵夫人」 魔都・上海
「1930年代の上海」が舞台という一点に惹かれて観に行ったのですが、予想以上に面白かった作品。「日の名残り」「ハワーズ・エンド」のジェームズ・アイボリー監督作品というだけで、イギリス映画ファンにはたまらないかもしれませんが。
19世紀半ば以降、中国は欧米列強の食い物にされていました。清朝は衰え、辛亥革命によって1912年に中華民国が成立してからも、軍閥が割拠して国内は四分五裂。混乱が続いていました。
上海はその象徴のような街。フランスやドイツなどが租界、つまり行政自治権や治外法権を持つ居留地をつくり、半植民地状態だったのです。その結果、上海には多くの外国人が流れ込み、カオスのような不思議な雰囲気をつくっていました。
もちろん、これは外国人から見た「勝手な上海像」です。しかし、このような「国際都市」上海は多くの日本人を惹きつけました。その様子は様々な本に描かれています。例えば「上海 1930年」(岩波新書)。ゾルゲ事件で死刑になった尾崎秀実の弟である尾崎秀樹が、兄の動きを中心に1930年の激動の上海を描いています。魯迅やアグネス・スメドレーも出てきます。
それから、「魔都上海 日本知識人の『近代』体験」(劉建輝 講談社選書メチエ)。これは猛烈に面白い本です。日本人が上海で出会った「近代」なるものについての考察です。あと一冊、「映画のなかの上海 表象としての都市・女性・プロパガンダ」(劉文兵 慶応義塾大学出版会)。これはすごい本ですよ。細かい字がびっしり書かれた300ページの大作。読みごたえ充分です。
挫折し、家族も視力も失ったアメリカ人の元外交官が、そんな上海で今はホステスをしているロシアの元伯爵夫人と出会います。そして崩壊していく現実世界に目を閉ざし、自分が作りあげた理想のバーで耽美な世界に閉じこもるのです。美学を共有する謎の日本人とも交流します。しかし、その日本人は実は戦争仕掛人?! やがて上海に日本軍が姿を現します。
オリジナル脚本を書いたのは、日系イギリス人作家のカズオ・イシグロ。イギリスで高い評価を受けている作家です。祖父が実際、この時期にビジネスマンとして上海にいたとか。私はこの人の重層的な視点と発想に、非常に興味があります。
カズオ・イシグロにとってこの脚本を書くことは、みずからのアイデンティティーを探る作業でもあったのかもしれませんね。中国で生まれ育った父を通して、いつも自分のアイデンティティーを模索している私にとって、示唆に富んだ映画でもありました。
監督:ジェームズ・アイボリー 2005年 イギリス・アメリカ・ドイツ・中国合作 配給:ワイズポリシー=東宝東和

