2008年04月24日
「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」特異な事件に刻まれた時代の刻印
2月に開催された第58回ベルリン国際映画祭で、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」が二つの賞を取った。アジア映画の秀作を称えるNETPAC賞と、国際芸術映画評論連盟賞である。
連合赤軍事件もあさま山荘事件も、記憶している世代はもう限られる。全共闘について若者に説明するのも難しい。だが私は、来週の授業でこの映画を紹介しながら、大学生を前に敢えてこの難題に挑むつもりだ。そういうことが私にできる限りは、やっていこうと思っている。
この二つの事件は、一部の過激派学生が起こした特異な事件だ。全共闘についても、それに関わった世代から「流行に乗っただけ」という言葉をよく聞く。また多くの活動家が掌を返したように、就職して猛烈サラリーマンになっていったことも事実だ。ただのバカな騒乱だったという見方も多い。
だが中学から高校時代にかけて、同じ時代の空気を吸った私の感想は違う。あれは、起こるべくして起きた事件だったのだ。一部の極端で思い詰めるタイプの若者達が引き起こしたものではあるが、そこには時代の刻印がある。彼らは何かを象徴していた。私もまた同時代を生きた人間として、それに関わったという感覚がある。
連合赤軍事件を忘れることはできない。私は私の過去を曖昧にはできないし、日本社会もまた、過去を曖昧にはできないのである。立場の如何に関わらず、あの時代を生きた人間にも全く知らない世代にも、この映画を観てもらいたいと思う。現在は過去の続きだからである。「そんなの関係ねぇ」という言葉の先には荒廃しかない。それにしても、若松孝二という表現者が現役で幸いだった。

