「考えさせる」「役に立つ」「視野が広がる」
やっと「不都合な真実」を観ることができた。公開されたらすぐ観ようと構えていたにも関わらず、なかなか観に行けなくて、これはDVD路線かなと思っていたのだが、すべりこみセーフ!(以下、ネタバレあり)
何よりも驚いたのは、アル・ゴア氏の魅力的な話し方。アメリカ大統領の座を争ったのだから当然と言えば当然だが、語りかけるとはこういうことかと感心。子供の頃から、そういうトトレーニングを受けてきたのだろうが。わかりやすく、ビジュアル資料はあくまで見やすく美しく、これぞプレゼンテーション!という好例である。
ゴア氏は学生時代に、教授の影響で環境問題に目覚めた。付け刃でない蓄積が説得力を増している。アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受けたこの映画は、随所にゴア氏のエピソードを交え、個人史と重ね合わせている。
娘を肺がんで亡くして親がタバコ栽培を辞めたこと、ゴア氏が息子を亡くして考え方が変わったこと。大統領選に「負けて」、これからどう生きようか迷ったことなど、ゴア氏の内面を明かすことによって、私たちはそこに不屈の闘志を見るのである。
そして私は思った。この映画がアカデミー長編ドキュメンタリー賞を獲得したのは、アメリカの民主主義への強い信頼と、希望あふれるメッセージゆえではないかと。「民主主義の国アメリカにはこれができる」「世界は変えられる」と訴えるゴア氏。中国の大学で講演し、万雷の拍手を受けるゴア氏の姿は、地に落ちたアメリカへの信頼を再び取り戻した人々にとって、大いなる希望でなったはずだ。
だからこそ、子供の頃の農場暮らしの楽しさを語る中に、「ライフルも撃てたし」という言葉がさらりと出てくるのには、ドキリとさせられる。そして映画「華氏911」の冒頭、下院議長としてアフリカ系議員の発言を遮るゴア氏の姿が脳裏に浮かび、私は混乱した。この良心的な人間の中に見えるアメリカの刻印に、私は正直言ってとまどうのである。
なおその後、ゴア氏は豪邸に住んでいて、実際には大量の電力を消費しているという情報が流れている。恐らくそうなのだろうが、自家発電を利用しているということだし、こういうことですぐに偽善者という決めつけをするのはどうだろうか。
監督:デイビス・グッゲインハイム 2006年アメリカ映画
2007年03月23日
2007年03月16日
「宋家の三姉妹」アジアが誇る女性映画の傑作
「考えさせる」「役に立つ」「視野が広がる」「楽しめる」
中国生まれの父は、私によく宋家の三姉妹の話をした。父はいつも自分のことのように自慢そうだった。「宋家の三姉妹は才媛ぞろいなんだ」と。一度、宋美齢を見たことがあるらしい。高校生になって世界史で中国の近代史を学んだ時、父から聞かされてきた話と知識とが初めて結びついた。そうだったのか、と。
映画「宋家の三姉妹」は、1997年度香港・日本合作映画。「これは必見!」と思った割には見逃し、昨年長女がDVDを借りてきた時にも見逃した。映画を観るという行為にはタイミングがあって、一度見逃すと機会を逸してしまうことが多い。が、今回上海に行って、復元された宋家の旧邸宅を見て感嘆。その場で観る決意をした。
返還前の香港映画界が総力をあげて製作したというが、その謳い文句に恥じない豪華な作品。上海の大富豪で、孫文を助ける宋家に産まれた三人の娘たちは先進的な教育を受け、アメリカに留学する。
そして長女靄齢は実業家と、次女の慶齢は孫文と、三女の美齢は蒋介石と結婚する。しかし辛亥革命、国民党と共産党の対立、国共合作と抗日戦争、国境内戦と続く激動の中国現代史の中で、三姉妹の生き方は別れていくのだ。
アジアが誇る女性映画の傑作である。情感たっぷりの展開には監督の世代を感じるが、それがこの映画にはぴったり! 恵まれた環境で育ち、新時代を開いていく女性たちの自負と誇りを、壮大な歴史ドラマに仕立てて余すところがない。ワダエミの衣裳も見応えがあり、俳優陣も豪華。
血を流しながら、近代国家へ向かって歩んでいく中国の姿は、同じ東アジアの人間として共感するところが多い。孫文が日本に亡命して結婚式を挙げるかと思えば、国民党が共産党員を粛清しているすきに日本が進軍してくる。この中国との複雑な関わり方の中に、戦前日本の二面性がある。
最大の敵である日本との戦いより、共産党を目の敵にする蒋介石に、学生達はデモをして抗議する。「中国人同士で闘うな」「銃は侵略者に向けよ」「統一して日本と闘え」と。そして邸宅から車で出てくる蒋介石の正面で、抗議の焼身自殺をするのである。炎に包まれた学生はそれでもなお、蒋介石に向かって歩もうとするのだ。
この場面は圧巻だ。欧米列強の反植民地にされた上、今度はむざむざと日本の侵略を許していることに、捨て身の抗議をする学生。その熱く激しい救国の情熱に、近代中国の困難な道のりが凝縮されていて、心が揺さぶられる。
監督:メイベル・チャン 1997年:香港・日本合作映画
中国生まれの父は、私によく宋家の三姉妹の話をした。父はいつも自分のことのように自慢そうだった。「宋家の三姉妹は才媛ぞろいなんだ」と。一度、宋美齢を見たことがあるらしい。高校生になって世界史で中国の近代史を学んだ時、父から聞かされてきた話と知識とが初めて結びついた。そうだったのか、と。
映画「宋家の三姉妹」は、1997年度香港・日本合作映画。「これは必見!」と思った割には見逃し、昨年長女がDVDを借りてきた時にも見逃した。映画を観るという行為にはタイミングがあって、一度見逃すと機会を逸してしまうことが多い。が、今回上海に行って、復元された宋家の旧邸宅を見て感嘆。その場で観る決意をした。
返還前の香港映画界が総力をあげて製作したというが、その謳い文句に恥じない豪華な作品。上海の大富豪で、孫文を助ける宋家に産まれた三人の娘たちは先進的な教育を受け、アメリカに留学する。
そして長女靄齢は実業家と、次女の慶齢は孫文と、三女の美齢は蒋介石と結婚する。しかし辛亥革命、国民党と共産党の対立、国共合作と抗日戦争、国境内戦と続く激動の中国現代史の中で、三姉妹の生き方は別れていくのだ。
アジアが誇る女性映画の傑作である。情感たっぷりの展開には監督の世代を感じるが、それがこの映画にはぴったり! 恵まれた環境で育ち、新時代を開いていく女性たちの自負と誇りを、壮大な歴史ドラマに仕立てて余すところがない。ワダエミの衣裳も見応えがあり、俳優陣も豪華。
血を流しながら、近代国家へ向かって歩んでいく中国の姿は、同じ東アジアの人間として共感するところが多い。孫文が日本に亡命して結婚式を挙げるかと思えば、国民党が共産党員を粛清しているすきに日本が進軍してくる。この中国との複雑な関わり方の中に、戦前日本の二面性がある。
最大の敵である日本との戦いより、共産党を目の敵にする蒋介石に、学生達はデモをして抗議する。「中国人同士で闘うな」「銃は侵略者に向けよ」「統一して日本と闘え」と。そして邸宅から車で出てくる蒋介石の正面で、抗議の焼身自殺をするのである。炎に包まれた学生はそれでもなお、蒋介石に向かって歩もうとするのだ。
この場面は圧巻だ。欧米列強の反植民地にされた上、今度はむざむざと日本の侵略を許していることに、捨て身の抗議をする学生。その熱く激しい救国の情熱に、近代中国の困難な道のりが凝縮されていて、心が揺さぶられる。
監督:メイベル・チャン 1997年:香港・日本合作映画
2007年03月01日
アカデミー外国語映画賞「善き人のためのソナタ」 20世紀が残した課題
アカデミー賞報道では、いつも外国語映画賞の影が薄い。最も国際的な部門なのに残念だ。ちなみに日本代表は「フラガール」、韓国代表は「王の男」だった。実は今から半生記前、1954年に日本映画「宮本武蔵」(三船敏郎主演)が受賞したのだが、当時は違う名称だった。以後、アジア映画が受賞したことはないように思う。あったかもしれないが知らない。
1982年に「泥の河」が日本代表になった時は、ニューヨークでヒットしたこともあって期待したのだが、やはりダメだった。確かその前年あたりに「モスクワは涙を信じない」という旧ソ連の映画が受賞したが、これがとても面白い映画だったのである。旧ソ連映画を娯楽作品として面白いと思ったのは、これが初めてだった。
というわけで、思い入れの強い外国語映画賞。来年は是非、アジア映画に栄冠を! 昨年秋のベネチア映画祭と先月のベルリン映画祭では、共に中国映画が最高賞を取っている。アカデミー賞はアジア映画への評価が低いように思う。作品賞の「ディパーテッド」を、日本映画のリメークだと紹介したし。
で、受賞したのはドイツ代表「善き人のためのソナタ」。原題はDas Leben Der Anderen。最近は、わかりにくい原題のままで公開されることが多いが、これはドイツ語なのでこういう邦題になったのだろう。言語も多様な方が楽しい。どこもかしこも英語ばかりではつまらない。
物語は1984年から始まる。ベルリンの壁消滅の5年前。旧東独のシュタージ、つまり秘密警察であり諜報機関である国家保安省は、ある劇作家の監視を始める。壁消滅後に、私たちはその驚くべき監視体制を知った。多くの国民を情報提供者にして、相互監視システムをつくりあげていたのである。
体制が崩壊した後、旧東独の人々は自分についてのファイルを見て、信じていた友人や親戚が情報を提供していたことを知った。社会には深刻な亀裂が走り、精神を病む人も現れた。それは何ともやりきれない、痛ましい光景だった。あの体制の下で、シュタージの要求をはねのけることのできる人間が、果たして何人いただろうか。
日本がバブル崩壊に揺れていた頃、壁の消滅したドイツで何が起きていたか。この映画を観て疑似体験してみよう。私たちは同時代の出来事を、必ずしも知らないのである。だから次の世代に語ることができない。昭和ですら、癒しと郷愁の対象になりつつある。20世紀はどうしてこういうシステムを生み出してしまったのか。この問題を問い続けることは、次世代への責任である。(川西玲子)
1982年に「泥の河」が日本代表になった時は、ニューヨークでヒットしたこともあって期待したのだが、やはりダメだった。確かその前年あたりに「モスクワは涙を信じない」という旧ソ連の映画が受賞したが、これがとても面白い映画だったのである。旧ソ連映画を娯楽作品として面白いと思ったのは、これが初めてだった。
というわけで、思い入れの強い外国語映画賞。来年は是非、アジア映画に栄冠を! 昨年秋のベネチア映画祭と先月のベルリン映画祭では、共に中国映画が最高賞を取っている。アカデミー賞はアジア映画への評価が低いように思う。作品賞の「ディパーテッド」を、日本映画のリメークだと紹介したし。
で、受賞したのはドイツ代表「善き人のためのソナタ」。原題はDas Leben Der Anderen。最近は、わかりにくい原題のままで公開されることが多いが、これはドイツ語なのでこういう邦題になったのだろう。言語も多様な方が楽しい。どこもかしこも英語ばかりではつまらない。
物語は1984年から始まる。ベルリンの壁消滅の5年前。旧東独のシュタージ、つまり秘密警察であり諜報機関である国家保安省は、ある劇作家の監視を始める。壁消滅後に、私たちはその驚くべき監視体制を知った。多くの国民を情報提供者にして、相互監視システムをつくりあげていたのである。
体制が崩壊した後、旧東独の人々は自分についてのファイルを見て、信じていた友人や親戚が情報を提供していたことを知った。社会には深刻な亀裂が走り、精神を病む人も現れた。それは何ともやりきれない、痛ましい光景だった。あの体制の下で、シュタージの要求をはねのけることのできる人間が、果たして何人いただろうか。
日本がバブル崩壊に揺れていた頃、壁の消滅したドイツで何が起きていたか。この映画を観て疑似体験してみよう。私たちは同時代の出来事を、必ずしも知らないのである。だから次の世代に語ることができない。昭和ですら、癒しと郷愁の対象になりつつある。20世紀はどうしてこういうシステムを生み出してしまったのか。この問題を問い続けることは、次世代への責任である。(川西玲子)

