今年もアカデミー賞が発表された。内輪のお祭りで、こんなに騒ぐのはどうかと思いつつも、やはり気になるし。しかし、マーチン・スコセッシ監督「ディパーテッド」の作品賞受賞に、改めて内輪のお祭りだという事を実感させられた。
六回目のノミネートで、「そろそろスコセッシにオスカーを」という配慮があったのだろうが、最近は経験で器用につくっているという印象で、あまり独創性が感じられない。「ギャング・オブ・ニューヨーク」や「アビエイター」は、意図が不明確だった。「タクシー・ドライバー」でオスカーを授与しておくべきだったのではないか。
ところで、この「ディパーテッド」は香港の大ヒット作「インターナル・アフェア」のリメーク。実は、スコセッシはあまり乗り気ではなかったが、事情があって引き受けたとか。作品賞がアジア映画のリメークだということに時代を感じる。リメークが発表された時、あの独特の暗さが消えてギャング映画になるのではないかと危惧したが、その通りになった。
とまぁ、文句ばかり言っているようだが、別に無能だと言っているわけではない。牧師をめざして挫折したという経験が原点。キーワードは音楽・神・イタリア系だ。
「ウッドストック」の記録編集で頭角を現し、「最後の誘惑」のような映画もつくり、ロバート・デニーロを世に出し、最近はディカプリオと組んでいる。遠藤周作の小説「沈黙」の映画化に執念を燃やしている。オスカーの獲得で、実現の可能性が出てきた。
ところで今回、日本で一番話題になったのは、菊池凛子の助演女優賞ノミネート。それにしても、注目されてからの変わりようには驚いた。何よりも、あの金髪。どうしてアメリカで金髪? 授賞式での気合いの入り過ぎたポーズもちょっと。
敢えてこういう表現をするが、二流のキャバレーのホステスのようだ。明治4年にちょんまげ姿のままアメリカに上陸した、岩倉使節団の陰画を見ているような気がした。日本人はいまだに、こういう時に自然体でいられないのだろうか。注目を集める作戦なのかもしれないが、キャリアにふさわしい態度というものがある。何より、白人の価値観に絡めとられて身体言語が混乱していないか。
中国の人気女優チャン・ツイィーのドレスもひどかった。韓国も含め、東アジアの女優は総じて、身体的アイデンティティーを見失ったかのようにトンチンカンな格好をしている。白人とセクシーさを競っても貧相に見えるだけなのだから、もっと頭を使うべきだ。これではどこまでいっても植民地近代化である。
それと、あまり話題になっていないが、ヘレン・ミレンの主演女優賞受賞は嬉しかった。彼女は61歳。黒木瞳が演技力ではなく、40代半ばなのにきれいだということで評価されている日本では、こういう女優さんはまだ出ないだろう。(川西玲子)
2007年02月27日
2007年02月20日
「ありがとう 〜奈緒ちゃん 自立への25年」マイナスをプラスに変えていく家族のあり方
☆ このブログでは、映画のお薦め度をキーワードで示しています。
キーワードは「考えさせる」「元気がわく」「役に立つ」「視野が 広がる」「楽しめる」です。
「考えさせる」「視野が広がる」
重度のてんかんと知的障がいをおった奈緒ちゃんと家族の二十五年――と言うとなにやら重そうだが、そんなことはなく家族の普遍的なあり方が描かれている秀作だというのが観終わった率直な感想。チラシに書かれている通り、たしかに障がい者である奈緒ちゃんは人一倍家族に育まれ守られてきたが、お父さん、お母さん、弟もまた奈緒ちゃんによって人一倍育まれ守られてきたのだということが静かにじわじわ伝わってくる、そんな作品だ。
お母さんは、奈緒ちゃんがいたことによって地域の障がい者施設「ぴぐれっと」を設立し、中心となってこの施設を運営する。あかるくやさしい「良妻賢母」タイプのこのお母さんは、たぶん「ふつう」の子が生まれていたら平凡な専業主婦人生を送っていただろう。
お父さんは、それまでかかわりのなかったであろう障がい者、地域の人とかかわっていかざるをえなくなった。妻に毎朝、靴磨きをさせるくらいの「亭主関白」タイプのこのお父さんは、たぶん奈緒ちゃんがいなかったら企業戦士としての人生を送ったあと、定年後に熟年離婚を切り出されていたに違いない(失礼!)。
「福祉の仕事はしたくない」と言っていたサッカー好きの弟は、いまや「ぴぐれっと」の中心的メンバーとなった。奈緒ちゃんという障がい者を姉に持つことによって、家族として、職員として、ハンデのある人たちをとてもうまくサポートしている。
明るく元気な奈緒ちゃんも三十歳を過ぎ、グループホームでの自活生活を送ることになった。娘の自立を前にして、お父さん、お母さん、弟もそれぞれの人生を考え始める――。
問題のない家族などありえないが、その問題の向き合い方ひとつで、幸せにも不幸にもなる。マイナスをプラスに変えていく家族のあり方を考えさせられた、静かな感動を味わえる映画だった。2006年 日本 監督伊勢真一(くまこ)
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「考えさせる」「視野が広がる」
重度のてんかんと知的障がいをおった奈緒ちゃんと家族の二十五年――と言うとなにやら重そうだが、そんなことはなく家族の普遍的なあり方が描かれている秀作だというのが観終わった率直な感想。チラシに書かれている通り、たしかに障がい者である奈緒ちゃんは人一倍家族に育まれ守られてきたが、お父さん、お母さん、弟もまた奈緒ちゃんによって人一倍育まれ守られてきたのだということが静かにじわじわ伝わってくる、そんな作品だ。
お母さんは、奈緒ちゃんがいたことによって地域の障がい者施設「ぴぐれっと」を設立し、中心となってこの施設を運営する。あかるくやさしい「良妻賢母」タイプのこのお母さんは、たぶん「ふつう」の子が生まれていたら平凡な専業主婦人生を送っていただろう。
お父さんは、それまでかかわりのなかったであろう障がい者、地域の人とかかわっていかざるをえなくなった。妻に毎朝、靴磨きをさせるくらいの「亭主関白」タイプのこのお父さんは、たぶん奈緒ちゃんがいなかったら企業戦士としての人生を送ったあと、定年後に熟年離婚を切り出されていたに違いない(失礼!)。
「福祉の仕事はしたくない」と言っていたサッカー好きの弟は、いまや「ぴぐれっと」の中心的メンバーとなった。奈緒ちゃんという障がい者を姉に持つことによって、家族として、職員として、ハンデのある人たちをとてもうまくサポートしている。
明るく元気な奈緒ちゃんも三十歳を過ぎ、グループホームでの自活生活を送ることになった。娘の自立を前にして、お父さん、お母さん、弟もそれぞれの人生を考え始める――。
問題のない家族などありえないが、その問題の向き合い方ひとつで、幸せにも不幸にもなる。マイナスをプラスに変えていく家族のあり方を考えさせられた、静かな感動を味わえる映画だった。2006年 日本 監督伊勢真一(くまこ)
2007年02月17日
日本映画好調の裏にある「わかりやすさ」という罠
日本映画が好調だそうだ。昨年初めて、邦画の興行収入が洋画のそれを上回ったことが話題になっている。ちなみに第一位は「ゲド戦記」。批判も多かったが、結局はジブリのブランド力がものを言った形。ポスト宮崎駿への移行に心を砕いている鈴木プロデューサーも、ほっとしたことだろう。
まぁこれはいいとして、以下「LIMIT OF LOVE 海猿」、「THE 有頂天ホテル」、「ALWAYS 三丁目の夕日」、「男たちの大和/YAMATO」と続く。大ヒットしたということは、ふだんあまり映画館に行かない人を惹きつけたということだから、こういうラインナップになるわけだ。単館ミニシアター系では、シネカノン製作の「フラガール」が健闘した。
日本映画好調の背景については、もう報道しつくされている。例えばこういうふうに↓
http://www.asahi.com/culture/movie/TKY200701310197.html
だから以下は私の主観だが、日本人は洋画をあまり観なくなったのではないか。今後ハリウッド映画が復権しても、あまり変化はないだろう。良く言えば、戦後60年にしてやっと欧米志向が薄れてきたわけだが、逆に言えば異文化に対して関心を失っているのである。
日本人は今、日常と地続きのわかりやすい映画しか観なくなっている。ヨーロッパ映画を観る若者は本当に少ない。良くも悪くも背伸をびしないのだ。私はこの現状に違和感がある。
日本映画の快走は、社会の低迷と裏腹の関係にあるのではないか。なんか、皆で温泉に浸かって和んでいるような気がするのだ。目を日本列島の外に向けたスケールの大きな映画も期待したいところだが、せっかくモンゴルまで行って撮影した「蒼き狼」が、戦国の武将もののようになっていて落胆している。by川西玲子
まぁこれはいいとして、以下「LIMIT OF LOVE 海猿」、「THE 有頂天ホテル」、「ALWAYS 三丁目の夕日」、「男たちの大和/YAMATO」と続く。大ヒットしたということは、ふだんあまり映画館に行かない人を惹きつけたということだから、こういうラインナップになるわけだ。単館ミニシアター系では、シネカノン製作の「フラガール」が健闘した。
日本映画好調の背景については、もう報道しつくされている。例えばこういうふうに↓
http://www.asahi.com/culture/movie/TKY200701310197.html
だから以下は私の主観だが、日本人は洋画をあまり観なくなったのではないか。今後ハリウッド映画が復権しても、あまり変化はないだろう。良く言えば、戦後60年にしてやっと欧米志向が薄れてきたわけだが、逆に言えば異文化に対して関心を失っているのである。
日本人は今、日常と地続きのわかりやすい映画しか観なくなっている。ヨーロッパ映画を観る若者は本当に少ない。良くも悪くも背伸をびしないのだ。私はこの現状に違和感がある。
日本映画の快走は、社会の低迷と裏腹の関係にあるのではないか。なんか、皆で温泉に浸かって和んでいるような気がするのだ。目を日本列島の外に向けたスケールの大きな映画も期待したいところだが、せっかくモンゴルまで行って撮影した「蒼き狼」が、戦国の武将もののようになっていて落胆している。by川西玲子
2007年02月05日
「グァンタナモ、僕達が見た真実」これが対テロ戦争だ
☆ このブログでは、映画のお薦め度をキーワードで示しています。
キーワードは「考えさせる」「元気がわく」「役に立つ」「視野が 広がる」「楽しめる」です。
「考えさせる」「視野が広がる」
この映画、「すごくいいから観てね」と簡単には言えない。観ないですめば、その方が幸せかもしれないぐらいだ。でも敢えて薦めたい。気合いを入れて観てもらいたい。
自分の住んでいるこの世界で理不尽なことが行なわれているのに、どうすることもできない・・・こういう思いに、私はずっと悩まされている。
ベトナム戦争の時もそうだった。ピノチェトがチリで独裁を敷いていた時も、ビルマ(ミャンマー)で人々が沈黙を強いられているのも、サラエボで人々が水を汲むために命がけで道を渡っている時も、それを座視しているのは耐え難い。
中でも、超大国アメリカが「自由と民主主義」を掲げて横暴を働くのを見るほど、腹の立つことはない。対テロ戦争が孕んでいる数限りない矛盾と傲慢さは、腹に据えかねるものがある。
その一つが、「捕虜の保護を定めたジュネーブ条約は時代遅れ」「我々はテロリストを自由に扱う」と言っていることだ。その結果がこれである。この映画は、たまたまアフガンに入ったパキスタン系イギリス人の青年たちが、二年間に渡って拘束された様子を、証言に基づいて映画化したもの。
イギリスの良心がつくらせた映画である。振り返って日本はどうか。イラクがこんな悲惨な状況になっても、イラク戦争に積極的に協力したことなど忘れたかのようだ。こうやって日本人は過去を葬ってきた。「男たちの大和/YAMATO」の大ヒットは、日本人の想像力の欠如を示している。
監督:マイケル・ウィンターボトム マット・ホワイトクロス 2006年イギリス映画 配給:クロックワークス
キーワードは「考えさせる」「元気がわく」「役に立つ」「視野が 広がる」「楽しめる」です。
「考えさせる」「視野が広がる」
この映画、「すごくいいから観てね」と簡単には言えない。観ないですめば、その方が幸せかもしれないぐらいだ。でも敢えて薦めたい。気合いを入れて観てもらいたい。
自分の住んでいるこの世界で理不尽なことが行なわれているのに、どうすることもできない・・・こういう思いに、私はずっと悩まされている。
ベトナム戦争の時もそうだった。ピノチェトがチリで独裁を敷いていた時も、ビルマ(ミャンマー)で人々が沈黙を強いられているのも、サラエボで人々が水を汲むために命がけで道を渡っている時も、それを座視しているのは耐え難い。
中でも、超大国アメリカが「自由と民主主義」を掲げて横暴を働くのを見るほど、腹の立つことはない。対テロ戦争が孕んでいる数限りない矛盾と傲慢さは、腹に据えかねるものがある。
その一つが、「捕虜の保護を定めたジュネーブ条約は時代遅れ」「我々はテロリストを自由に扱う」と言っていることだ。その結果がこれである。この映画は、たまたまアフガンに入ったパキスタン系イギリス人の青年たちが、二年間に渡って拘束された様子を、証言に基づいて映画化したもの。
イギリスの良心がつくらせた映画である。振り返って日本はどうか。イラクがこんな悲惨な状況になっても、イラク戦争に積極的に協力したことなど忘れたかのようだ。こうやって日本人は過去を葬ってきた。「男たちの大和/YAMATO」の大ヒットは、日本人の想像力の欠如を示している。
監督:マイケル・ウィンターボトム マット・ホワイトクロス 2006年イギリス映画 配給:クロックワークス

